2018/10/31

コクーン・タウンと さいたま新都心駅

氷川神社の帰りに大型ショッピングモールがあるというので寄ってきました。

大宮駅周辺は高層ビルが多くあり川越を少し過ぎる頃から見え始めます。しかし道路が狭く、常態化した渋滞は道路を広げるしか解決法がないような、、、直ぐ駅前でさえ路地のような道ばかりでした。駐車料金は30分200円から300円と高めですが24時間だと600円と激安になりますね。

大型ショッピングモールはコクーン・タウンというそうで、昭和47年までは有名な片岡製糸場大宮工場だった場所で広大な敷地に3つの建物でできています。大宮は明治の頃から第2の都市と謳われていたこともあり操車場があった関係か、線路が半端なく敷かれています。

さいたま新都心駅ときたら京都駅か大阪駅かと思うくらい大きかったです。

そこから東京駅まで各駅停車の常磐線に乗ったのですが駅の間隔が私鉄並みに短いです。帰宅ラッシュの逆方向なので駅を過ぎる度に人が降りてガラガラ状態でした。

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氷川神社 広大な森に古い歴史と霊力をもった神社でした

大宮に用事があり早めに済んだので周辺の観光地を検索したら氷川神社が近くにあるのでした。名前だけは聞いたことがあるので行ってみることに。

まず驚いたのが、参道が恐ろしく長いことでした。今は周辺住民の憩いの場になっているみたいです。ここを過ぎると山門が。普通にきれいですね。

普通に参拝を済ませてからネットで調べてみると、ここは大変なパワースポットがある場所だそうで。しかも氷川神社本体ではなく周辺の末社(失礼です)が大きなパワースポットだそうで。

写真を撮り忘れましたが出口に向かって左に折れて直ぐに小さな社が二社あります。その左側の社に大変なパワーがあるそうで。「門客人神社」というんだそうです。

地主神で、ここを参らねば御利益は半減するとか。

またここまでに行く途中の神端がかかる池は元々沼で、氷川神社の始まりの沼だそうでここのパワースポットなんだそうです。

そして最大のパワースポットが沼の浮島にある「宗像神社」です。

ここだけは外さないようにしないといけないとか?

参拝してよかったです。

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上野に東照宮があったなんて!それも未焼失の当時のままの姿で!

不忍池をみて上野公園に戻って西郷さんを探しに出かけたらなんか馬に乗った武将の銅像が。よく見ると奧に何かありそうです。進んでみると東照宮の看板が!

ここに東照宮があったなんて初めて知りました。(後で知りましたが、東照宮という名称はここだけで、あとの東照宮はここの後に出来たそうです)

全国の武将から贈られたという鉄の灯籠(日光東照宮にも見られる)を通過すると右手に五重塔がありました。

なんと五重塔!しかしここには入れません。(たぶん)東照宮から寛永寺に所有権が移ったからかも知れません。

その奧に凄い金ぴかのさすが東照宮という感じの唐門がありました。凄いです!再建?どうも創建当時からそのまま奇跡的に残っているとか。社殿の裏手に落ちた米国軍の爆弾は不発、関東大震災も耐え、官軍との戦闘にも焼けずに残ったのがこの東照宮でした!

この中に入るには500円を払って観覧します。ここは是非入らないと!

金箔押しの瓦には葵の紋がしっかりと刻まれています。

ものすごい金箔押し!実はここで当時から残っていると確信しました。

とにかく本日最大の発見でした。上野は凄いところでした。

観覧し終わって美術館に向かう手前に大きな灯籠がありました。なんと日本三大灯籠の一つとかで。

信長の家臣、佐久間信盛の四男が寄進したそうです。

建設中の高層ビルのすぐ袂に鐘撞き堂がある、東京の不思議な風景をあとにしてフェルメール展へ向かうのでした。

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上野散策の始めは寛永寺清水観音堂から不忍池

上野の森美術館で開催しているフェルメール展は11時からのチケット(事前の案内通り入場時間後半では行列はありませんでした)ですので、その前に上野を散策です。最初に西郷さんの銅像を目指したのですがどこにも案内はありません。結局最後までわからなかったのですが、次の目的は寛永寺清水観音堂です。ここは簡単に分かりました。なぜ寛永寺清水観音堂か?

官軍と彰義隊との戦闘で上野は江戸唯一の戦場になりました。そこで焼けずに残ったのが寛永寺清水観音堂だとテレビで観たので是非行ってみたかったのです。

行ってみた感じは、それなりでした。特に戦火の跡もなく古さを感じさせることもなかったです。

このまま坂を下ってみると有名な不忍池がありました。こんな一面、蓮だらけとは思いませんでした。ボートなどがあってゆったり漕いでいる風景を想像していました。池の中央には弁天堂がありましたが、再建かどうか分かりませんでした。

とにかく大都会のど真ん中でこの風景は不思議な感じがしました。

あ、寛永寺の広大な敷地の入口跡の門柱を見つけることはできませんでした。次回にでも、、、

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2018/10/23

明治村で先着30名に花王石鹸がプレゼントされるというので行ってみたら

明治村は明治150周年で色々なイベントを行っているようで、昨日から「千早小学校」で明治150周年特別展示、みたいな感じの展示を200円という有料で始めました。(年パス保持者は無料) その千早小学校で花王石鹸も協賛?しているようで最後のコーナーで花王石鹸誕生などのパネル展示をしていました。

そんなわけで私の話ですが石鹸1個欲しくて行ったわけではないのです。(いや、石鹸を欲しくて行ったことには違いないのですが、、、)

当然、明治150周年繋がりなので復刻版を頂けると思ったので行ったのですが実際にもらったのは現行品のホワイト石鹸でした。

ただし花王石鹸は10月20日に復刻版というかレトロデザインのホワイト石鹸を限定発売するそうです。それが欲しかった〜、、、詰めが甘いです明治村さん。

朝一で行ったのでゆっくり観られると思ったのですが小学生の団体さんが既に到着していて方々に出没。カメラアングルに苦労しました。

今回、新たに発見したことがありました。日本庭園に降りて見るといつもの「東屋」があったので一休みしようと思ったらベンチがありません。なんと東屋では無く明治時代の学校の「車寄せ」だったのでした。(カラー写真)

また夏目漱石の住んでいた家にはカラフルな番傘が並べられていましたね。

日本庭園の紅葉はまだ始まったばかり、真っ赤に染まっているのは一枝だのみでした。

エントランス付近は宵祭りの準備が進んでいて、昼間の絵的にはよくありませんでした。

兎に角、久し振りに行った明治村、楽しい博物館に変わりはありませんでした。

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2018/10/03

秀吉清正記念館に行くも特別展示は終了していました

久し振りに秀吉清正記念館へ行ってきました。たしか名古屋城の古今写真が展示してある筈。でももう終了していました。しかも展示物はほぼ全部、複製ばかりで張り合い無いです。

中村公園を散策して新たな発見もありました。中村公園記念館というのは大正時代に大正天皇行幸の折、休憩をされた由緒ある建物でした。

あと「日吉丸と仲間達」という銅像も新たに出来ていましたね。

ところで中村公園まで自転車で行ったのですが、小学生の頃、通った塾の前を通ろうとしたのですがまったく分からない!当時は公設市場もあり賑わった通りだったのですがもう全然分からない。面影どころか通りの広さも子供の頃だったからか狭い道しかありません。あまりグルグル廻ると不審者として通報されかねないので今回は諦めました。

中村区は神社やお寺が多く神社では例大祭が近いので氏子さん達が清掃で頑張っていらっしゃいました。提灯を出しているのも禁書ではもう何年も前から見られなくなった風景です。

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2018/09/16

名古屋市美術館 9時にはもう行列

本日の開館時間は9月30分でした。当日券の販売は列が伸びてきたので9時20分くらい。開館時間もちょっと早めでした。
チケットを持っている人も20人は並んでいますね。
早く来た恩恵は大津通り駐車場にとめられたらくらいかな。(帰りには空車待ちの列も)
帰りにはもっと行列が伸びていました。
展示作品ですが、肖像画がメインと思いきやさにあらず、でした。有名な画家さんがズラッと並んでいて観に来て良かったと。

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2018/08/10

めったに開放しない名古屋城の隅櫓が全部見学できるので行ってきました

たまたま名古屋城のHPで知って驚きました。西北隅櫓(清洲櫓)は、何か催し物が有る度に(いや、無くても)開放して見学できるのです。しかし西南隅櫓と東南隅櫓は、滅多なことでは開放しません。いや、西南隅櫓は私の記憶の中では初めてです。東南隅櫓とて私の知る限るでは過去に一度だけ、名古屋祭りの日にあっただけです。

極めて珍しいと思います。たぶん天守閣の建て替えのため登城禁止になった為では?と。

まず西南隅櫓ですが最近まで入り口さえ分からないまさしく隅の奧にあったのです。最近、本丸御殿が完成して初めてこのルートを見ることが出来た次第です。

パンフレットによると地震で倒壊した後に修復したのだそうです。その時に、なんとコンクリートとモルタルで外壁を修復したとか!(荒っぽい!) そこを平成22年に漆喰で塗り直したとか。だから長い間、工事をしていたんだ、、、

で、内部ですが概ね清洲櫓と同じですね。簡素な板張りで装飾はほぼありません。珍しいのは外観で初めて窓が開いているのを見ました。当時でも甲冑を納めていたので窓は閉まっていたのでは?あと、裏に廻れば(とはいえここが入り口です)窓は一つしか開いていません。ここから天守閣や御殿が見渡せます。

西側を見れば遠く名古屋駅の高層ビル群が見渡せますね。

そうそう、唯一の展示物がありました。「御窓台」といって名前からして城主がそこに立って周りを見渡す為の台でした。もうこの一つしかないとか。

次は東南隅櫓ですが、その前にかつては長い塀か廊下が有っただろう土手を撮影。普段は見ることの出来ない貴重な場所です。

窓から見える風景も、普段見慣れているはずですが高い位置からではまるで見え方が違います。こちらの部材の方が「昔の感じ」が強く感じられますが、当時のままなのか、先入観なのか、ありがたく感じました。こちらの方がより清洲櫓と同じ感じがします。軒下の漆喰の状態は良いですが、外観はかなり老朽化しています。

屋根裏も素人が見ると、どってこと無い造りにしか見えません、、、

ここからは愛知県庁と市役所が意外に遠く感じられました。

一番珍しい風景は第1の門(名前は失念)が見渡せるんです。こんな風景は二度と見られないかもです。ちなみにここは当時、御具足奉行の役所だったそうですが、冬の寒さに耐えかね、その場所を大手馬だし(今は無いと思います)に変えたとか。火を使えないからね、、、

最後に有名な焼失前の御殿と天守の写真が撮られた場所から撮影。ここがあの有名な撮影場所だったのかと、今更知りました。

8月15日までの期間限定です。興味のある方は絶対見にいった方が良いですよ。次に見られるのはいつになるか分かりませんから。

ところで行列が出来ているんですが半数以上が外国の方。もっと日本の方にも興味を持って欲しいです。外国の方は天守閣の代わり、くらいしか思っていないでしょうから。

(東南隅櫓の外観を撮り忘れました。せっかく窓が開いてるのに、、、)

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2018/05/16

天守閣閉鎖後の名古屋城に行ってきました

不覚にもまだ先と思っていた天守の閉鎖がGW中に行われたので最後に登ることが出来ませんでした。その天守閣にはすでに足場が設けられ解体を待つばかりのように見受けられました。

小天守の入り口は固く閉ざされ入ることは出来ません。

以前から気になっていた壁面の崩れを見ると、やはり立て直しの時期が来ていると実感しました。

一方、御殿のほうはほとんど完成しているようで、外を被っていた工事用の壁が取り除かれてほぼ全容が見渡せるようになっていますね。

こちらは来月に完成予定です。天守の代わりに名古屋城を担ってくれるでしょう。

最近、何の浩次をしているかと思った西側の空き地に展示館なる建物を造っていました。きっと今まで天守閣に展示してあった展示物を飾るための入れ物を造っているのでしょうね。

お掘りの家の道を歩いていたら東南に位置する門があるのを発見しました。発見と言うよりは忘れていた門です。愛知県体育館に通ずる門です。

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2018/03/05

川越街道(埼玉)が気になる

街道好きの私は松並木?の片側1車線の道路が、非常に気になります。

2度目に通ったときに「川越街道 埼玉)という石碑を発見して納得!やっぱり街道だったんだと。しかし川越街道と呼ばれたのは明治になってからとか。元々は下り1車線のみでしたが、神社の道を残すために今の形になったとか。

う〜ん、そそられます。ららぽーと富士見に行く道も、妙に曲がりくねっていました。ここも街道そのものかも?埼玉の富士見周辺は色んな(名古屋には無い)神社が沢山ありますね、地図を見ると。今度、ゆっくり娘のところに滞在して散策したいものです。(ゆっくりできるのはいつのことやら、、、)

その他、川越、所沢周辺で気になったのは、

JRの貨物基地があること。

大きなお寺?が有るみたいで、ヤマダ電機やドンキホーテ、しまむら、周辺はすべて境内にある感じの地名があるんですね。門の地名が特に気になりました。

高台が所謂、「富士見」なのかと?その他は低地で大雨には水が集まりやすいのでは?と心配になりました。鶴瀬などは地名からして昔は湿地帯だったのでは?とか考えたりします。

とにかく、気になる地域です。

あ、高速道路ですが、ナビでは東京方面に行ってから名古屋に行く道を選択(レンタカーなのでなんとも言えませんが)するんですが、逆に新潟方面に一旦向かって、川越過ぎてから圏央道に入って青梅街道、厚木を越え、海老名ジャンクションから東名に入った方が絶対、近道だと思うのですが?

余談ですが、あの有名な高尾山は圏央道から入るのだと知りました。

私がドライバーなので、画像は一枚もありませぬ、、、、

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